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2021大変始め part1

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「大変だ大変だ」と言い続けて何年になるだろう?

私生活の雲行きが怪しくなったのは、5年くらい前だと思う。
それから今日まで、聞いたこともない困り事が次から次へと頭上に降ってきて
ハッ!ヨッ!ソレッ!と、曲芸みたいなイメージでそれぞれに対処する日々が続いた。

だから、ここ数年の私のブログには「大変」という言葉が何度も登場してしまったと思う。
私よりもっともっと苦しい日々を送っている人もたくさんいるでしょうし
そんな方から見たら…いや、そんな方でなくとも
しょっちゅう「大変だ大変だ」と言っている人物を、快く感じる人はいないと思う。

まず「愚痴」っぽいし
負のオーラが感染しそうだし
「アタシはかわいそう感」も漂ってる気がするし。

そもそも、ParadoxKitchenはお菓子ブログ(だった)。
お菓子=happyなイメージの代表選手。
いつも悩み苦しんでる人の作るお菓子なんて、魅力的ではない!

…と、この数年はいつも自分の状態について、漠然と引け目を感じていました。
もう「大変」て言うのはよそう。プライベートはキッチリ飲み込んで、ステキお菓子ブログにしたい!
…と何度も思いました。…けど。

だけどね

終わってくれないんです、大変が
やんでくれないんです、困りごとの雨が!


年末からまたまたガックリくる出来事が続きましてね
昨年までの地獄に比べたら可愛いものなのですが、ちょっと垂れ流しさせてくださいますか。


前回この記事
菓子との兼業のために転職を考えたけれど、一定の収入を減らすことが怖くて覚悟ができず
悩んだ末に元の職場に残ることにしたことを書きましたが…

その約1ヶ月後の年始初出勤の日に、なんと雇止めを通告されました


と、その話をする前に…12月半ばからの1ヶ月間に、92歳の母が3回も救急搬送された話を挟みます。

母は3回とも入院となり、そして退院と同時に母にとって初の施設入所をすることになったのですが

1度目の入院⇒数日間入院⇒退院後、施設Aに短期入所⇒年末に施設で発熱し、元日再度救急搬送⇒
数日間入院⇒退院後、施設Aに戻る⇒施設でまた体調を崩し、再々救急搬送⇒数日間入院⇒
退院後、施設をBに変更して入所(今ココ)…


経験した方ならわかると思いますが、これらの諸手続きや準備対応は中々大変(また言った)でした。
折しもコロナの第3波が牙をむきだしたタイミングでもあり、一旦入院や入所をしてしまったら最後、
直接母と話すことは叶わず、つまり何の説明もしてやれないのです。
自分の身に起きていることがわからず突然家に帰れなくなった母は、どんなに心細かっただろうと思います。
更に、同時進行で介護度の認定再調査や限度額認定の申請、身の回り品の調達など
とにかく私は何が何だかわからない忙しさでした。

し・か・も!
年末に母が施設で発熱したと同時期に、なんと次男も発熱!
すぐにコロナ感染を疑いましたが、よりによって年末。病院も行政も全てクローズしてる。
母の施設からは「医者へ連れて行った方が良い」と言われるけど
もし次男がコロナだったとしたら私は濃厚接触者。
そんな私が母を病院に連れて行くことは果たして安全なのか!?

市の救急対応相談窓口に電話をしてみても、非常に冷たく不親切な対応。
医療タクシーを手配しようと思っても全て断られ…
母と息子のどちらを病院に連れて行けば良いのか、というか、どうやって連れて行けばいいのか
どうしたらいいのーーー状態に。(この顛末は次回書きます)


…と、そんな紅白もお雑煮もない散々な年末年始を過ごして、
ゲッソリした顔で初出勤した日の帰りに、上司から雇止め通告を受けたのですよ。

なんでも
「来年度、部署の体制を厚生労働省の指針に沿って改革することになった。
指導的立場の人材を新たに募集する事になり、そのかわりに現在3名いる相談員を2名に減らさなくてはならない」
とのこと。

私は福祉相談員をしていました。
3年任期の契約で、任期満了時に再試験を受け合格すれば、また3年働けると説明されていました。
現に、3名のうちひとりは1度再試験を受けて現在5年目。もうひとりは1年目。
残る私は、ちょうど3年目。

…つまり、私以外のふたりは任期中だから簡単には辞めさせられないけど、
私を切る事は『任期満了』の円満退職にできるのです。

というわけで『アツさんは任期満了で継続無しという事になりました(^^)』と、新年初出勤の日に告げられたわけです。

正職員ではないので、こういう可能性を想像しないわけでもなかったけど、
特に問題がなければ3年ごとの試験を受けて何度も延長できると聞いていたし、
12月にさんざん悩んだ末、採用してくれた先を辞退して現職場に残る決心をしたばかりだったのでショックでした。
(それは私の勝手な都合ですが)

上司は、動揺する私に釘を刺すように『確実に再任用できると決まっているわけではないので』と、
組織の正当性を主張し、
更に、『アツさん以外の2人のうちどちらかが今年度限りで退職したいと言った場合は、
アツさんに残ってもらうことになる』と言われ、
2人の進退が確認できるまでの10日近く、辞めずに済むのかどうかわからず宙ぶらりんになりました。

自分の今後がハッキリせず不安な10日を過ごしたある日、再び上司に呼ばれ
『2人とも来年度も続けるそうです。なのでアツさんは今年度いっぱいという事で…』
と告げられ、嫌な場面を2回味わわせてもらいました。
更に、『これから募集する人材が決まらなかった場合は、決まるまでの間アツさんに働いてもらうことも
可能ですが、それも失礼な話ですよね?』と言われ、

ふざけろ という思いが抑えきれず、
「今年度いっぱいではなく、2月いっぱいで辞めます」と、大人気ない発言をしてしまいました。

担当していた業務は中々ヘビーなもので、
この3年間、自分にはとても務まらないと何度も挫折しそうになりながら、手探りで進んできました。
3年勤めて、ようやく、うっすらと、ほんの少し、仕事がわかり始めたような気がしていたタイミングだったので
正直ガックリ落ち込みました。
対応中だった方々のことも気がかりでした。



そして何より『どうやって食べていこう?』という恐怖にも包まれました。


57才で、コロナ禍で、職探しです。
やっと少し積んだ経験や、構築した連携機関との関係性も全てリセット。
今の仕事に就いた54才の時、「60才近くなって再び職探しなんてことになったらエライこっちゃ」と
3年後に再度任期更新できる前提であることを確認したのに。
3年前、どういう思いでここに転職したか…。

やっぱりアレかな。
兼業を申し出たりしたのがいけなかったのかな。
しつこく食い下がるから一旦承認して年度末で切ろうと考えたのかな。


これを『ピンチはチャンス』と捉えて頑張る?
気持ちの持ち方ひとつ?
何とかなる?


そんな風に考えられたら「ポジティブ!」と、拍手なんでしょうけど、今の私は喪失感と挫折感でいっぱい。
こんな事態のために工房を作ったのだから、今こそ菓子作りに全集中すべきなのは
分かっているものの、自己ベーシックインカムを失った焦りで気持ちを切り替えられずにいます。


というわけで、有給も全部使ってやると決め、2月初旬に職場を去りました。
今は毎朝毎晩、求人サイトをチェックしています。
ハローワークにも行きました。2ヵ所応募もしました。面接も受けました。


“稼いでくれる誰か”がいないので、どうしても焦ります。
去年12月に採用してくれたところを辞退した時、まさか1ヶ月後に雇止めされるなんて夢にも思っておらず
つくづく自分のいう人間のやること・決める事が全て誤りのようで嫌になります。


…と、こんなにも長々書きましたが、
これは序章に過ぎず、本当の“大変”は2月末に降ってくるのでした。あはは。

つ~づく~。



いつも本当にありがとうございます。感謝でいっぱいです。


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