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工房作りへの道②

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暑い日が続きますが、皆様お元気にお過ごしでしょうか?

お盆の頃、「シナモンロールが食べたい」という次男の言葉を受けて
クラクラする暑さの中で作ったちぎりパン仕立てのシナモンロールです。
母とは愚かな生き物です(^▽^;)




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前回の続きを書く前に…

2ヶ月半も放っておいたブログなのに、前回の記事を多くの方が見て下さったことに感謝します。
皆さんがこのブログに立ち寄ってくださることで、どれだけパワーを頂けているかわかりません。
本当にありがとうございます。



では、工房作りの続きを。(^_^;)
今回はちょっと生々しい単語が出てきますがお許しくださいね。


前回からの3年間に起きたことを羅列しますとですね…

夫が、複数の交通事故やボヤ騒ぎを皮切りに、発達障害診断、人格障害診断、アルコール依
存診断、休業、失業、入院、転院、脱走、警察保護、救急搬送、徘徊、行方不明、失禁脱糞、
障害認定、無料低額宿泊所生活、生活保護、介護認定、寝たきりという道を辿りました。

同時に息子も、発達障害診断、暴力被害、そんな中での大学受験、合格したと思ったら、
大学の入学金支払いを夫が阻止する…という困難と直面。
更に実母の緊急入院と看護、義母の急逝により12年間没交渉だった夫実家との関わり、
そして最愛のハルが他界…
私自身にも、アレルギー性ショックで緊急入院、未破裂脳動脈瘤の発見、カサンドラ症候群などが起こり、
もう神も仏もないと思いました(T_T)


とにかく私は駆けずり回りました。そうしなければ家庭崩壊したからです。
パート勤めをしながら、次々起こる出来事の処理に走り回りました。
処理方法など分からないから、数えきれない機関に相談しながら走り回りました。
行政機関、法的機関、医療機関、教育機関、福祉施設、金融機関…

同時に、前回も書きましたが少しでも収入を増やすべく、1年かけて資格取得をし、就活を開始しました。
分身の術でも使っていたのか(笑)?

しかも驚くべき執念というか(笑)、この状態でも工房計画を諦めていなかった私は
新たな工務店への相談も開始しました。
今思うと「トラブル対応とは関係ないこと」を考えたいという、一種の現実逃避行動だったのかもしれません。
それが3年前の秋。55才の時のことです。

しかしその時は工務店の方から断られてしまいました。
そしてその直後に今の職場に採用され、55才にして転職しました。
後から思えば、この時工務店から断られたのは「落ち着きなさい。今やるべき事を考えよ。」という
天からのメッセージだったのかもしれません。
なぜなら、家庭のトラブル対応と転職できりもみ状態を続けた結果、私はとうとうダウンし、
医者から「今すぐ休養せよ」と言われ、転職後わずか半年で療養休暇を取るという迷惑職員となってしまったのです。
これで工房工事などもしていたら、何もかも収拾がつかなくなっていたでしょう。
あの時は断られて幸いだったのだと思います。

さて
療養休暇は取ったものの、療養中も夫トラブルは炎上し続け、私は加療しながら対処しました。
しばらくすると、職場から「これ以上休むなら辞めてくれ」と言われてしまいました。
これも当然のことだと思います。
私は、今失業するわけにはいかないと思い、渋る医師に頼んで復帰OKの診断書を出してもらって職場復帰しました。
この時のことはこの記事に書きましたが、辞めてほしいと思われているのにしがみつかざるを得なかったあの時の気持ち、今でも覚えています。

そして職場復帰してから3ヵ月後の平成最後の日、55才の終わりに離婚。
これでホッとできるかと思いきや、離婚したことで今度は息子に全ての火の粉がふりかかってきました。
最後の力を振り絞り、家族で協力して問題をひとつひとつ片付け、
令和元年の秋ごろにようやくトンネルの出口が見えてきたかもしれないと思ったころ、
友人が3軒目の相談先となる工務店を紹介してくれました。

実は、転職先では兼業は認められないだろうと、工房作りは諦めていたのですが、
「職員の営利企業等への従事について」という書類によると、利益を得る自営業も副業許可対象となっていたので、
薄っすらと希望を持っていました。
友人は私の菓子を気に入ってくれていて、営業許可さえ取れれば堂々と注文を取って販売できるのでは?と
応援してくれていました。
しかし、残念ながら見積もり金額が折り合わずその業者との契約には至りませんでした。
この時私はすでに56才。さすがに息切れがしてきました。

ここまで二転三転どころか四転五転してきた「工房作り」だけど、
業者を探して相談して交渉して頓挫して、また相談して…という繰り返しに正直疲れてきていました。
そもそも商売として成立しない趣味的活動として考えていた開業。
今の私には「趣味」に大金をつぎ込む余裕などないし、もうおかしな夢を追うのはやめようかと思えてきました。

そこで、これを最後にしようと思い、とある工務店に連絡をして
「大幅に予算を削った最低限の工事でも対応してもらえるか」訊ねてみました。
それが無理なら、工房作りはやめようと思ったのです。
ところが、意外にもこの工務店が快く応じてくださったのです。

そこからは本当に早かった。
お金はかけず、けれども営業許可の条件はキチッと満たしたいという私の希望に快く対応してくれ、
2ヶ月程度で工房は完成してしまったのです!
6畳しかない本当に一人用の小さな工房ですが、嬉しかったです。
あとは、自分で設備機器を買って設置し、管轄保健所に申請するだけ!…と思ったのですが


何と何と、このタイミングでビックリなんてものではない衝撃的出来事が起こりました。
詳しくは書けませんが、ひとことで言うと、これまでの家族トラブル地獄に対して必死で闘ってきたことが、
全てムダになってしまうような事でした。
ブログにもその時のショックについては書きましたが…これが未だに立ち直りきれていない強烈なダメージで…
しばらくの間は放心して工房どころではなくなってしまいました。
更にその出来事と1週間も違わない時に、15年家族だったハビまでが逝ってしまいました。



参りました。
もう、どこをどう絞っても、な~~んにもやる気が出てこない。
全てがバカバカしくて、毎日ふてくされて、口から出るのは後ろ向き発言ばかり。
自分で自分が嫌になりましたが、どうにも気持ちを立て直すことができませんでした。

ちょうどその頃から世の中は新型コロナウィルス問題が深刻化し、経験したことがない事態になっていきました。
外出自粛要請や緊急事態宣言が出て、誰もがこれまでの日常とは全く違う暮らし方をせざるを得なくなりましたが、
我が家も例外ではありませんでした。
感染防止策やそれぞれの仕事、学校のことなどで慌ただしく、
ますます“自分の工房”の事を考えている場合ではなくなり、気づけば5月になっていました。

工事が終わってからすでに3ヶ月。
工房の部屋はドアを閉めたままになっていてほとんど入室すらせず放ったらかしになってしまっていました。
しかしある日、使われないままの工房に入ってぼんやり座っていたら
しばらくして「何してるんだ?わたし…」と思えてきました。
ここまで来るのに、一体どれだけの時間と体力とお金を使ってきたのか。
やっと自分自身のことを考えられる余裕ができてきたのに、やっと工房ができたのに、
今ここで燃え尽きちゃったらもったいない!と思えてきました。
やっとそこまで気力が戻ったのかもしれません。

そしてやっと、保健所に営業許可の申請に行き
令和2年の5月半ば、とうとう私の店の営業許可がおりたのです。+゚。*(*´∀`*)*。゚+
工房だけで店舗はないし、営業日など何もかもこれから考えなくてはなりませんが、
とにかくこれで、これからは堂々と菓子の注文を受けられる。

何よりも、度重なる悪事に翻弄される日々がやっと終わって、
「自分の為に生きる」ということに切り替えていけるような希望を感じました。

「売り物に値するような菓子を作れるのか?」とか「果たして関心を持ってくださる方が存在するのか?」とか、
不安を言い出したらキリがないので、公にしてしまうことで「スタート」する弾みをつけたくて、
去年の秋から始めたInstagramにも営業許可がおりたことを載せました。
すると、思いがけずたくさんの励ましのコメントを頂けて、少しずつやる気が満ちてきました。

そして、職場に兼業の許可を得るために、所定の用紙に必要事項を書き込んで
直属の上司に手渡して兼業の申請をしました。
上司は「頑張って」と声をかけてくれました。


ところが!



ところがです!



またも壁が立ちはだかってしまいました。



この壁はどうすることもできないかもしれませんが(^_^;)
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