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少し前、ここ神奈川でまだ桜が咲く前のこと。
マーガレットの型でオレンジのケーキを焼いた。


















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紅茶にとてもよく合う。


























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春を待つ気持ちを込めたケーキでした。





いつもありがとうございます。

「うっわ~…あの人そんな事になってたんだ。オキノドク~💦」

…と、思われるのが悲しくて、中々書けなかった我が家のトラブル集(笑)ですが
書いてしまって少し気が楽になりました。


トラブルが起きるたび、当然ショックを受けましたが、
そのショックを整理しようとしている最中に次の問題が起こるうえ、
あのトラブルたちの中には、私自身に起きたことも複数ありました。
悲劇のヒロイン気取りのつもりはないけれど、
体に何本も矢が刺さったまま、抱えきれない岩を背負って
どちらへ行ったら良いか分からずグルグルと走り回っているようでした。
事情を知る友人たちが、後半には「もうかける言葉がない」と困っていました (^^;)

でも、友人たちには何度も助けられました。
ありがたかったのは、「前向きにならなきゃ」とか「気持ちを強く持って」とかの言葉で、
ヨレヨレの私の心を“矯正”や“指南”することは決してせずに、
状態をそのまま受け止めてくれた上で「こんな相談機関がある」とか
「この支援制度を受けてはどうか」「手続きはこうすればいいらしい」とか
具体的な救済の情報を提供してくれたことでした。
こちらにはもう、その支援や制度を調べて比較するエネルギーは残っていないので
代わりに情報を入手してくれたことは本当に助かりましたし
共に考えてくれている…と感じられると、孤独感が和らぎました。



辛かったことは(今もですが)、発達障害の家族と暮らすことの困難さが理解されず
多くの人たちにいとも簡単に否定され続けたことです。

「人間て大体そんなものでは?」
「個性的なだけでは?」
「昔なら問題にはならなかったことだよね?」
「気にし過ぎでは?」
「大げさに考え過ぎでは?」

肉体的疾患や障害に対してはあまり言わないであろう、これらの言葉を
何度聞いたかわかりません。
365日続くdis-communication中で、社会との均衡を図り続けることで生じる歪み。
それは想像するよりはるかに大きく強い苦しみです。
それらが理解されないだけなら仕方ないとしても、
こちらに問題があるかのような言葉まで浴びていると、次第に心が閉ざされ絶望してしまう…。
それが「カサンドラ症候群」です。
支援者が病んでいくのは、高齢者介護でも障害者介護でも起こり得る厳しい現実です。

発達障害については、昨今メディアでもよく取り上げられており
認知度や理解度が高まっていますが、当然ながらそれは表面的情報に限局しています。
実は、退職した福祉事務所で「発達障害者への理解を深める取り組み業務」を
行ったことがあるのですが
その担当者でさえ、私の体験を聞いて「大変さの理解が足りなかった」と驚いていました。

知らないことは罪ではありません。
私だって、様々なハンディキャップについて表面的情報しか知りません。

ただ、行き詰まっている人がいた時には、まずその人の気持ちを受け止めてから、
相手はどんな支援を必要としているか、自分には何ができるかを考えるようにしたいと
前にも増して強く思うようになりました。
苦しんでいる人に必要なのは、誰かの人生観や幸福論の演説などではなく
直面している困りごとを解決する糸口や、共感のある励ましではないかと思うのです。

奇しくも、新しい仕事は傾聴力や共感力も必要とされる業務です。
この数年間の経験を教訓とすることができれば、この地獄もムダではないかもしれません。


…でも、そろそろ終わりにして欲しいですけど!(^_^;)