シオン
 2010.04.05 Mon
written by a tsu
4.5 追記しました。

シオンは2005年の秋に我が家にやってきた。
メスのハルと一緒に、動物病院からもらってきた猫だ。

当時私は体調を崩していて、何故かムショウに動物と触れ合いたかった。
イルカセラピーなどに興味があったが、わざわざ出かけていく事はしんどい。
ならばペットを買おう!という事で、近所のスーパーの掲示板などを探しはじめ、
里親募集コーナーを常設しているその病院にいきついた。

一目見た時から「この子」と決めるほど、当時のシオンは可愛らしい顔をしていた。
最初は一匹だけ飼うつもりで出かけたのだが、ふて寝をしていたハルと一緒にもらい受けてきた。


シオンはとても図太い子で、
普通猫なら嫌がるようなポーズ(仰向けとか)をさせても抵抗もせずにそのままの姿勢でいるし、
犬にちょっかいを出されても平気。むしろ反撃する。
猫の嫌う匂いや水などで追い払おうとしても無問題という顔で平然としている。
とにかく肝が座った…というか無神経な猫だった。

そしてもの凄く人懐こい猫で、常に家族の誰かに抱かれたがる。
客人が来ると、初対面の人であろうと甘えに行く。
夜は必ず人の枕もとに来て「布団を開けろ」と要求し、しぶしぶ開けてやると滑りこんできて
クルリとむきを変え、人間の腕を枕にして眠る。

シオンという名前の由来…
「ハルとシオン」…「ハルシオン」…そう、睡眠導入剤の名前である。
当時よく眠れなかった私の神経が安定するように、安易につけてしまった名だ。

猫たちが来て数か月後にハビが来て、このドタバタトリオは確実に私に元気をくれた。
家は見事に傷んでしまったが
二人の息子と、そして彼ら三匹との日々はとても可笑しくて愉快だった。




そんなシオンの歩き方が何かおかしい…と気付いたのは、昨年の夏。
少し右前足がカクッとさせるように見えた。

変だな?と思って体を見ると、右の肩のあたりが腫れていた。
どうしたんだろ?高いところから落ちた時にひねりでもしたかな?そのうち治るかな?

そんな風に軽く考えていたが、腫れはいっこうにひかない。
心配になって近所の獣医に行ったところ…

シオンを見るなり医師はこう言った。
『手の施しようのない癌です』

4歳になったばかりのシオンが癌?
全く予想もしていない言葉だった。
医師は、
猫の腫瘍はほとんどが悪性である。手術をしてもほとんどが再発するし、この猫の場合は断脚することになるだろう。
化学療法という手もあるが、100万単位の費用がかかる。
この猫の状態なら、「今ここで安楽死を」という飼い主だっている。
苦しませないのが最善ではないか?

というような事を静かに説明していた。

私は、その場では何の方針も決められず、シオンを連れて茫然と病院を出た。
フラフラと家に帰り、そして泣いた。

今はまだ、食欲もあるし普段と特に変わらないように見えるこの子と
もうすぐ永遠に別れなければならないなんて。

そしてその別れを、安楽死という形で私たちが決めなくてはならないなんて。

「その日」が来たら、一体何と声をかけて出かければいいのか?

シオンはキャリーバッグが好きで、ふたを開けると自分からピョコッと入る。
「その日」、帰り道のない外出のために、自ら入ったキャリーのふたを、どうして閉められるだろうか。
できっこない。
そんなこと、できない。






シオン


幸せだった?

私たちとの4年間、あなたは幸せだった?

今、何を望んでる?

私にどうして欲しい?


あなたがいなくなってしまったら、私や子供たちやハビやハルは、一体どうすればいい?
答えて欲しいけれど、あなたは何も言わずにただゴロゴロと喉を鳴らすだけだね。

今夜も一緒に寝ようね、シオン。








上の文は去年の秋に書いたものの、悲しすぎてどうしてもアップすることができず下書きに入れたままになっていたものに加筆したものです。



癌の診断の後、友人の紹介で別の医師にかかり、シオンは3日に一度インターフェロンの注射を打つ事になり
数ヶ月病院通いを続けた。

しかし病状は徐々に進行し、今年に入って肩の腫れが肥大化し、まっすぐ歩くこともできなくなってしまった。

いつもの病院で『痛々しくて見ていられない気持ちです』と口にしたら
急に医師が怒り出し、『仕方ないでしょう!?こういう病気になっちゃったんだから!最初の病院ではすぐに安楽死と言われたんでしょ?ここまで生きたんだからいいじゃない!』と言った。

きっと医師は、私が『何で治せないんですか!?』と抗議していると勘違いしたのだろう。
悪気はなかったのかもしれないけれど、その日を最後に私は通院をやめた。


診断から半年、シオンは本当に気丈に生きた。
先月の下旬からは完全に寝たきりになってしまった。
からだは、本当に骨の上に皮が直接かけてあるだけの状態にまで痩せこけ、寝がえりも打てなくなった。
それでも食欲はあり、長男が近寄ると甘えて餌を欲しがった。
少しずつ口に運んでやると、ちゃんと飲み込んで、それは「生きる意思」に見えた。
私はどうしても、その意思を断ち切ることができなかった。

先週の木曜の夜、長男と二人でシオンの下半身を温かいお湯でキレイにしてやり、
布団も新しいものに取り換えさっぱりさせて寝かせた。


翌朝、シオンは旅立っていた。


夜中に独りで逝ったらしく、もう体が硬くなっていて、目を閉じてやれなかった。
シオンの死に気づいた次男が、
『独りで寂しかったよね、独りで何を見つめていたんだろう』と言いながら泣いていた。

私は亡骸を抱いてオイオイ泣いた。


闘病半年、本当によく頑張ったねシオン。

最初の病院で、『これはもう月単位ではなく、週単位の問題ですよ』と言われ、
もうシオンと一緒に新年を迎える事もできないかと思ったけれど、
頑張って桜の季節まで生きる事ができた。

今はまだ、いつもあなたが居た場所を見ると涙が出るけれど、またいつか逢えると信じているからね。


自分が癒して欲しいなどという思いであなたを迎えて、
あなたは確かに、私たちに幸せを運んでくれた。
なのにこんなに早く逝かせてしまって、
私はあなたにどれだけの事をしてやれたのだろうと思うと、後悔と申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

もっと早く病院に行っていたらもしかしたら…

断脚と言われても手術をすれば、もしかしたら…

或いは、良性だったかもしれないのでは…



今はとにかく、自問自答を繰り返して毎晩泣けてきます。



4年半、本当にありがとう、シオン。
今はそれしか言えません。




P1090298.jpg
亡くなる前日のシオン

もがき苦しんだ様子が見られなかったのが、せめてもの救いでした。






13:21:48 | 猫と犬 | trackbacks(0)
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