FC2ブログ

Paradox Kitchen~矛盾厨房~

おいしいお菓子は家で作ろう!

工房作りへの道②

IMG_8432.jpg


暑い日が続きますが、皆様お元気にお過ごしでしょうか?

お盆の頃、「シナモンロールが食べたい」という次男の言葉を受けて
クラクラする暑さの中で作ったちぎりパン仕立てのシナモンロールです。
母とは愚かな生き物です(^▽^;)




IMG_8430.jpg





前回の続きを書く前に…

2ヶ月半も放っておいたブログなのに、前回の記事を多くの方が見て下さったことに感謝します。
皆さんがこのブログに立ち寄ってくださることで、どれだけパワーを頂けているかわかりません。
本当にありがとうございます。



では、工房作りの続きを。(^_^;)
今回はちょっと生々しい単語が出てきますがお許しくださいね。


前回からの3年間に起きたことを羅列しますとですね…

夫が、複数の交通事故やボヤ騒ぎを皮切りに、発達障害診断、人格障害診断、アルコール依
存診断、休業、失業、入院、転院、脱走、警察保護、救急搬送、徘徊、行方不明、失禁脱糞、
障害認定、無料低額宿泊所生活、生活保護、介護認定、寝たきりという道を辿りました。

同時に息子も、発達障害診断、暴力被害、そんな中での大学受験、合格したと思ったら、
大学の入学金支払いを夫が阻止する…という困難と直面。
更に実母の緊急入院と看護、義母の急逝により12年間没交渉だった夫実家との関わり、
そして最愛のハルが他界…
私自身にも、アレルギー性ショックで緊急入院、未破裂脳動脈瘤の発見、カサンドラ症候群などが起こり、
もう神も仏もないと思いました(T_T)


とにかく私は駆けずり回りました。そうしなければ家庭崩壊したからです。
パート勤めをしながら、次々起こる出来事の処理に走り回りました。
処理方法など分からないから、数えきれない機関に相談しながら走り回りました。
行政機関、法的機関、医療機関、教育機関、福祉施設、金融機関…

同時に、前回も書きましたが少しでも収入を増やすべく、1年かけて資格取得をし、就活を開始しました。
分身の術でも使っていたのか(笑)?

しかも驚くべき執念というか(笑)、この状態でも工房計画を諦めていなかった私は
新たな工務店への相談も開始しました。
今思うと「トラブル対応とは関係ないこと」を考えたいという、一種の現実逃避行動だったのかもしれません。
それが3年前の秋。55才の時のことです。

しかしその時は工務店の方から断られてしまいました。
そしてその直後に今の職場に採用され、55才にして転職しました。
後から思えば、この時工務店から断られたのは「落ち着きなさい。今やるべき事を考えよ。」という
天からのメッセージだったのかもしれません。
なぜなら、家庭のトラブル対応と転職できりもみ状態を続けた結果、私はとうとうダウンし、
医者から「今すぐ休養せよ」と言われ、転職後わずか半年で療養休暇を取るという迷惑職員となってしまったのです。
これで工房工事などもしていたら、何もかも収拾がつかなくなっていたでしょう。
あの時は断られて幸いだったのだと思います。

さて
療養休暇は取ったものの、療養中も夫トラブルは炎上し続け、私は加療しながら対処しました。
しばらくすると、職場から「これ以上休むなら辞めてくれ」と言われてしまいました。
これも当然のことだと思います。
私は、今失業するわけにはいかないと思い、渋る医師に頼んで復帰OKの診断書を出してもらって職場復帰しました。
この時のことはこの記事に書きましたが、辞めてほしいと思われているのにしがみつかざるを得なかったあの時の気持ち、今でも覚えています。

そして職場復帰してから3ヵ月後の平成最後の日、55才の終わりに離婚。
これでホッとできるかと思いきや、離婚したことで今度は息子に全ての火の粉がふりかかってきました。
最後の力を振り絞り、家族で協力して問題をひとつひとつ片付け、
令和元年の秋ごろにようやくトンネルの出口が見えてきたかもしれないと思ったころ、
友人が3軒目の相談先となる工務店を紹介してくれました。

実は、転職先では兼業は認められないだろうと、工房作りは諦めていたのですが、
「職員の営利企業等への従事について」という書類によると、利益を得る自営業も副業許可対象となっていたので、
薄っすらと希望を持っていました。
友人は私の菓子を気に入ってくれていて、営業許可さえ取れれば堂々と注文を取って販売できるのでは?と
応援してくれていました。
しかし、残念ながら見積もり金額が折り合わずその業者との契約には至りませんでした。
この時私はすでに56才。さすがに息切れがしてきました。

ここまで二転三転どころか四転五転してきた「工房作り」だけど、
業者を探して相談して交渉して頓挫して、また相談して…という繰り返しに正直疲れてきていました。
そもそも商売として成立しない趣味的活動として考えていた開業。
今の私には「趣味」に大金をつぎ込む余裕などないし、もうおかしな夢を追うのはやめようかと思えてきました。

そこで、これを最後にしようと思い、とある工務店に連絡をして
「大幅に予算を削った最低限の工事でも対応してもらえるか」訊ねてみました。
それが無理なら、工房作りはやめようと思ったのです。
ところが、意外にもこの工務店が快く応じてくださったのです。

そこからは本当に早かった。
お金はかけず、けれども営業許可の条件はキチッと満たしたいという私の希望に快く対応してくれ、
2ヶ月程度で工房は完成してしまったのです!
6畳しかない本当に一人用の小さな工房ですが、嬉しかったです。
あとは、自分で設備機器を買って設置し、管轄保健所に申請するだけ!…と思ったのですが


何と何と、このタイミングでビックリなんてものではない衝撃的出来事が起こりました。
詳しくは書けませんが、ひとことで言うと、これまでの家族トラブル地獄に対して必死で闘ってきたことが、
全てムダになってしまうような事でした。
ブログにもその時のショックについては書きましたが…これが未だに立ち直りきれていない強烈なダメージで…
しばらくの間は放心して工房どころではなくなってしまいました。
更にその出来事と1週間も違わない時に、15年家族だったハビまでが逝ってしまいました。



参りました。
もう、どこをどう絞っても、な~~んにもやる気が出てこない。
全てがバカバカしくて、毎日ふてくされて、口から出るのは後ろ向き発言ばかり。
自分で自分が嫌になりましたが、どうにも気持ちを立て直すことができませんでした。

ちょうどその頃から世の中は新型コロナウィルス問題が深刻化し、経験したことがない事態になっていきました。
外出自粛要請や緊急事態宣言が出て、誰もがこれまでの日常とは全く違う暮らし方をせざるを得なくなりましたが、
我が家も例外ではありませんでした。
感染防止策やそれぞれの仕事、学校のことなどで慌ただしく、
ますます“自分の工房”の事を考えている場合ではなくなり、気づけば5月になっていました。

工事が終わってからすでに3ヶ月。
工房の部屋はドアを閉めたままになっていてほとんど入室すらせず放ったらかしになってしまっていました。
しかしある日、使われないままの工房に入ってぼんやり座っていたら
しばらくして「何してるんだ?わたし…」と思えてきました。
ここまで来るのに、一体どれだけの時間と体力とお金を使ってきたのか。
やっと自分自身のことを考えられる余裕ができてきたのに、やっと工房ができたのに、
今ここで燃え尽きちゃったらもったいない!と思えてきました。
やっとそこまで気力が戻ったのかもしれません。

そしてやっと、保健所に営業許可の申請に行き
令和2年の5月半ば、とうとう私の店の営業許可がおりたのです。+゚。*(*´∀`*)*。゚+
工房だけで店舗はないし、営業日など何もかもこれから考えなくてはなりませんが、
とにかくこれで、これからは堂々と菓子の注文を受けられる。

何よりも、度重なる悪事に翻弄される日々がやっと終わって、
「自分の為に生きる」ということに切り替えていけるような希望を感じました。

「売り物に値するような菓子を作れるのか?」とか「果たして関心を持ってくださる方が存在するのか?」とか、
不安を言い出したらキリがないので、公にしてしまうことで「スタート」する弾みをつけたくて、
去年の秋から始めたInstagramにも営業許可がおりたことを載せました。
すると、思いがけずたくさんの励ましのコメントを頂けて、少しずつやる気が満ちてきました。

そして、職場に兼業の許可を得るために、所定の用紙に必要事項を書き込んで
直属の上司に手渡して兼業の申請をしました。
上司は「頑張って」と声をかけてくれました。


ところが!



ところがです!



またも壁が立ちはだかってしまいました。



この壁はどうすることもできないかもしれませんが(^_^;)
クリックして頂けると励みになります。




★インスタ★ 





工房作りへの道①

IMG_8410.jpg

ブルーベリーのパウンドケーキ。 レシピはこちらです→
生地にサワークリームが入っていて、しっとりしながらも爽やかな夏向きのケーキです。










IMG_8416.jpg



え~~…大変大変大変ご無沙汰しております!


天候、新型コロナウィルス、経済…全方位“経験したことのないレベル”と言われる試練に満ちた世の中ですが、
皆様はお変わりないでしょうか。
私が住んでいるのは、7月までの累計感染者数全国ワースト3の神奈川ですが
今のところ自分も家族も体調に異変はなく、仕事も自粛の影響皆無の職種ため、
全くいつも通り(むしろ多忙気味)に出勤しています。



そんな中…実はこのたび、菓子製造業の営業許可を取得ました\(^o^)/

自宅の6畳間に最低限の改装を施した、簡易的極狭厨房ではありますが、
可愛い可愛い私の城です。
この城ができるまでは、実に長い道のりがありました。



私が漠然と「菓子の仕事ができたら…」と考え始めたのは14~15年も前のこと。
その時すでに40を超えていました。
当時は専業主婦でしたが、そろそろ子どもの手が離れるので何か仕事をしようと思っていました。
体さえ元気なら、60になっても70になっても働いていたい(働かなきゃならない)。
長く働く為には、若い方がありがたがられる仕事や、私ではなくても誰でも良い仕事ではなく、
「やりたいこと」を仕事にできたらいいのだけど…と考えた時、頭に浮かんだのは「菓子の仕事」でした。


具体的にどんな「菓子の仕事」をしたいのかは定まっていなかったけど、
何をするにしてもこれが必要だろうと、まずは食品衛生責任者資格を取りました。14年前、43歳の時です。
そして44歳の1年間製菓専門学校(通信)に通い、45歳で製菓衛生士の免許とフードコーディネーター資格を取りました。


その頃、いくつかの製菓店の求人にも応募してみましたが、年齢と未経験を理由にどこも不採用でした。
考えたら当然のこと。製菓店の厨房業務は大変ハードな上に効率を求められる現場。
「お菓子作りが好きなんです♪」なだけの中高年のオバサンに務まるような甘い仕事ではないのです。
そして、若い人材を求める業界でもあることも専門学校で教えられていたので、不採用には納得できました。


でも…ということは…「菓子教室」にしても「菓子店」にしても、自分の工房が必要なのかも?と思い至り、
製菓衛生士資格を取った年に、工房作り資金を貯める目的で、製菓とは無関係業種のパート勤めを始めました。
しかし、時給で働くパートでそんなに簡単に貯金ができるわけもなく、あっと言う間に3年が経過。
そしてパート先が閉店となったのが9年前の48歳の時でした。


約半年の仕事探しの末、また製菓とは無関係の業種の非常勤職員になりましたが、
菓子業界とはつながっていたくて副業で調理師専門学校の講師をしたり、
極々小規模の菓子教室を開いたりしました。それが8年前~6年前、49~51歳頃のことです。


そんな事をしている間にまたまた時は過ぎ、気づけば53才に。
このままではいつになっても工房作りなどできないと焦り出し、開業資金調達を急がねば!と、
国の創業補助金に挑戦(めちゃめちゃ大変だった)しましたが、無情にも不採択


行政の創業スクールなるものに参加したり商工会に相談したりもしましたが、
私の計画を伝えただけで中小企業診断士の方は「趣味なら応援しますけど…」と笑い出しました。
自覚はしていましたが、到底商売としては成立しない計画だったわけです。


ではやはり、どこかに雇ってもらうことを考えるべきなのか?と思い、
こんなこともしてみたけど、先方の開業計画が未定とわかり応募を取り下げ。


あ~~何やってんだろうワタシ!モタモタしてグズグズして中途半端で、何ひとつ前進していない…と
モヤモヤするうちに「商工会には笑われたけど、趣味のレベルでとにかく始めてみよう。」と思うようになりました。
商売としては多分成立しない。立派な工房を作る資金もない。
だけど、とにかく動き始めてみたら何かが変わってくるかもしれない。
失敗なら失敗でいいや!って。


そしていよいよ、地元の工務店に工房作りについて初めて具体的に相談をし、
見積もりをしてもらうところまで漕ぎつけました。4年前、53歳の時です。


しかしなんとここで家庭の状況が一変します。
夫がトラブルを多発させ工房計画どころではなくなり全てが白紙になったのです。
トラブルの後始末と尻ぬぐいの日々の中、私は近い将来自立を余儀なくされることを予感しました。
今の非常勤仕事では、未成年の子どもと90の母を支えるのは到底不可能。
菓子の仕事で食べていくなんてもっと不可能。
開業はひとつの目標として持ち続けるけれども、今はとにかく少しでも収入を増やさなくてはならない。
この年で今より条件の良い転職をする為には資格が必要。…と考え、
製菓と無関係の資格取得を始めました。 その時、御年54才です。


そしてここから、地獄のような3年が始まるのですが…(^^;)
長くなり過ぎたので、次回に続きます。





ヨレヨレですが (^_^;) クリックして頂けると励みになります。





★インスタ★ 







見切り品苺で。

IMG_83745.jpg

ゴールデンウイーク中に2回、必要最低限の買い物に近くのスーパーに行った。
2回とも、見切り品コーナーにまだ充分瑞々しい苺があった。
2回とも、素通りできずに2パックずつ買ってしまった。
帰ってきてから「何作ろう…」と考えていると、すっかり大人になったこの人が「ショートケーキ作って」と。























IMG_8356.jpg

母はまんまと張り切っちゃうよね。






立ち寄ってくださり、ありがとうございます!

ここ数日、レシピブログさんからここ来てくださる方が多かったのですが…
こんなに更新が少ないうえ、最近は完全にボヤキブログ化しているのにどうしてかな?

        ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

さて、この経験したことのない混乱と恐怖の中、令和2年度もひと月が経ちました。
私の仕事はデータ持ち出し厳禁。
ちょっとした走り書きのメモですら持ち出し不可で、捨てる時はシュレッダー必須。
なのでテレワークはできず、3密も避けられません。

私は、数年前に咳喘息になって以来、毎年春先になるとコンコンと咳が出るのですが
今の時期人前での咳はあまりにもマズイし、また、もしもコロナに罹患してしまった時に
重症化する可能性があるような気がして、とても怖いです。

来年の今ごろは、世の中どうなっているのだろう!?
私自身も、どこで何をしているのだろう!?

近い将来のことが予想できないって、とてつもなく不安です。
でも、そんな状況だからこそ、今日一日を大事にしたいという気持ちが強くなりました。

実はこのショックから全く立ち直れておらず、無気力状態が続いているのですが
誰かに頬っぺたをペチッと叩かれ、「しっかりしなさい!限りある人生を大切に生きなくてどうする!」と
喝を入れられたような気持ちです。

しっかりしなきゃ!






★インスタ★ 


ハビ

ハビ・ハル・シオン
この愉快な3匹トリオの時代は、わずか4年間だった。


P1070819.jpg









P1070250.jpg







P1060878_2020041120543194e.jpg









P1060253.jpg







何度かブログに書いたけれど、シオンは美形で賢くて運動神経が良くて怖いもの知らずで
自分の倍ほどの大きさのハビと、年中取っ組み合っていた。





P1020481.jpg







P1010605_2020041120542262c.jpg






そんなシオンがたった4才で虹の橋を渡ってしまってから、ハルとハビとの暮らしが9年間続いた。
ハルは怖がりの甘えん坊で、ハビに近づくことは一切なく(笑)、
2匹はいつも一定の距離を保って干渉し合わない静かな日々が続いた。


















IMG_3377.jpg
















__ 1















054 - コピー




3年前、ハルが逝ってしまって、その悲しみから中々立ち直れずにいた私は
もう新しい命を迎えることはやめようと決めたのだったが…

猫のいない暮らしはどうしても寂しくて、保護猫ヨルを迎えることにした。





IMG_2838.jpg











IMG_2890.jpg
















FullSizsdfeRender.jpg




母性ゼロのハビは、ヨチヨチ歩くヨルを寄せ付けず、一切興味も示さなかった。
ヨルがそ~~っとハビに近づいて、ハビに寄りかかって寝ようとしたことがあったが
ハビは歯をむき出しにして追い払ってしまった。
以来、ヨルはハビに近づくことはしなくなり、2年が過ぎた。






゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。




今年の1月下旬、ある日突然ハビがエサを食べなくなった。
「食欲の権化」 「“残す”という文字は私の辞書にない」はずのあのハビが
今まで一度だって食欲が落ちたことなどないハビが
エサの皿を見せると顔をそむけるようになったのだ。翌日も同じ状態だった。

試しにいつもと違う柔らかいフードを買って与えたら何とか食べたが、それもすぐに受けつけなくなってしまい
水しか口にしなくなってしまった。

ハビは15才。家族は「その時」が近いのだと思った。
医者に連れて行けば、点滴などで延命してもらえるだろう。
しかし、ハビが今「枯れていく準備」をしているのだとしたら
それを引き延ばして、辛い時間を長引かせるのは可哀想なのではないだろうか。
迷った末、医者には行かず見守ることに決めた。

ハビの生命力は強く、何も食べなくなって3週間経ってもしっかりと歩き、
水しか口にしていないとは信じがたいほどだった。
しかしそのうち身体が一回り小さくなって、足が弱り始めた。
階段を登れなくなり、大好きだったハビ専用ソファに乗れなくなった。
抱き上げてソファに乗せてやると、そのあまりの軽さに涙が出た。
大きく黒々とした目には“意思”があり、自分の身体に起きていることへの不安と
家族のそばに居たい気持ちが伝わってきた。
私を追ってフラフラと歩きだしたものの、階段を登れずに落ちてしまったりもした。







IMG_4960 (2)












2月後半、いよいよ立ち上がることができなくなったため、吸い飲みで水を与えた。
とても水を飲みたがるのだが、飲むと必ず吐き戻してしまい
もうハビの身体は何も受け付けられなくなっているのだと感じた。




IMG_4956 (2)







寝たきりになった2日後の2月20日、「行ってくるからね」とハビに声をかけ頭をなでて出勤した。
仕事の昼休みに帰宅すると、玄関に長男の長靴が脱いであった。
それを見て、私はハビが逝ってしまったことを悟った。

リビングに駆け上がると、ハビはいつものソファに丸く寝かされていた。
ハビ!!と呼んでも、もう目を開けて私を見ることはなかった。







IMG_4961 (2)








私が出勤した後、長男の部屋で寝ていたハビの、いつもの息づかいの音がフッと止まったのだそうだ。
長男が庭に準備したハビのお墓に、大好きなおやつや首輪と共にハビを埋葬した。



゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。






P1080638_20200411205555690.jpg









P1090119.jpg

















P1060962_20200411205433ba5.jpg



















IMG_3365_20200411205353665.jpg


















P1050839_20200411205427e40.jpg









いくつになっても元気いっぱい食欲旺盛で、年齢を言うと必ず驚かれたハビ。
何となく、ハビがいなくなることはないのではないか…?ずっとずっと私達の家族で居続けるんじゃないか?
そんな錯覚を起こすこともあった。
ハビのいる景色、ハビの出す音、ハビのするイタズラが当たり前すぎて
時々家族で「ハビがいなくなることなんて想像できる?耐えられると思う?」と言うことがあった。


ハビのいない部屋は静かすぎて、しばらく慣れることができそうもないよ。





世の中は、個人的なことを嘆いている場合ではないのですが、ご報告として書きました。
21才の次男が5才の時から一緒に暮らしたハル、シオン、ハビ。みんな行ってしまいました。
ハビは我が子も同然で、しばらくは書くことができませんでした。
家の中がとても静かになってしまいました。

P1090175_20200411205601693.jpg





★インスタ★ 

まさかのオチ。

IMG_8284.jpg

ハートマドレーヌ。













IMG_8288.jpg

半分チョコにくぐらせて、ドライラズベリーでも散らすと可愛くなるかな?と思うけど、思うだけ。(^_^;)





















IMG_8287.jpg

シンプルですが心を込めて。






情けない感情から抜け出せずに苦しんでおります。


ダイビングで海に潜った時「どっちが上だかわからなくなりパニックになることがある」と聞いたことがありますが
まさにそんな感じで人生がひっくり返る大騒ぎの中にいた約4年間。
もがいてもがいて少しずつ方向が見えてきて
2020年が明けて、ようやく「今後」について考える余裕が出てきました。


思い返すと「よくぞ無事で…」と思える事が山盛りで、
こればかりは自分で自分を労いたい、よく頑張ったと褒めたいと思いつつ
自分が経験したこと、その時に自分はどうしたのか…それらがもし誰かの役に立つのなら
ちょっとずつ文章にしていこうかなと思ってもいました。

その矢先

予想もしていなかった衝撃的な事が起きたのです。


まさか!そんな!嘘でしょ!?






その出来事とは、この4年の私の奮闘が

ほぼムダ骨。それどころか大失敗です。
やらなきゃよかったね。ハイ!残念でした~~!


という結果になる出来事でした。






(゜д゜) …

空っぽになるとはこのこと。

人生でこんなに奮闘したことはなかったけど
人生でこんなに無駄な結果になったこともない。
何もかも『やらなきゃ良かった』事になっちゃった。
やらなくても良いことに、自分は何を必死になって髪振り乱して騒いでたのか?


崇高な人なら「ここから学ぶ事があるはず」と謙虚に受け止め
気持ちを切り替えて更に人間性を高めていけるのでしょう。
そしてこれがもし友人の身に起きたことだとしたら
『あの時はあの決断が最善だった。あなたは間違ってなんかないよ!』と言うと思います。

だけど今は
「よく頑張ったね」と自負していたものが全て砕け散り、虚無感と敗北感しかありません。
受け入れ難い展開に混乱しています。
こんなオチが待っていたとは…。
何をしてもバカバカしく思えてきて、もの凄く卑屈になっています。


こんな内容で恥ずかしいです。





★インスタ★ 

祝・成人

P1070497.jpg

思えば、あなたとの日々は格闘の連続だった。














P1070895.jpg

謝罪に走り回ったこと、先生に抗議したこと、心無い中傷に傷ついたこと、
どうして分からないのかと泣いてあなたを叱ったこと、自分の無力さに絶望したこと

















P1090330_20200113123447954.jpg

でも今日、笑顔のあなたしか思い出せない。
それはまるで、至らぬ母に「合格点」を与えてくれるよう。


もう、してやれることはあまりないけれど、これからも時々は母役を担わせてください。


                          成人、おめでとう。










よろしければクリック応援お願いいたします




★インスタ★ 

2020始動

IMG_8277.jpg

もう5日ですが…

2020年 明けましておめでとうございます
本年もどうぞよろしくお願いいたします




昨年は、たった11回しか更新することができませんでした。
しかもそのたった11回はほぼ全て、ボヤキ・弱音・泣き言という…大変情けない記録を作ってしまいました。

でも、皆さん本当にやさしくて、愛想も尽かさずブログを見にきてくださり
年末にはたくさんの声援までいただき
ブログ経由でInstagramを覗いてくださった方も大勢いらして
本当にここを閉めないでよかった。ここの存在が私を孤立させないでくれたと、心から思っています。


本当にありがとうございました



年末に引っかかった健康問題は、「心臓」でした。
最初は、過労や加齢などからくるちょっとした問題だろうとタカをくくっていたのですが
再検査、再々検査で次々に悪い結果が出てしまい
最悪の場合は手術(それも開胸)かもしれないという状況になってしまいました。
しかし最後の最後で疑いが晴れ、もう心配要りませんよと医師に言われた時は
本当に嬉しかったです。


年齢が年齢ですから
いつ重い病がやってきても、いつ人生の幕が閉じても全く不思議ではないし
元々がpessimist傾向なので、間違っても「アタシャ百まで頑張るぞ」という風には考えられませんが
せっかくあんなに頑張って困難と闘いまくったのですから、人生の次のページをめくってみたいと思いました。



というわけで、2020年は大きな挑戦をするつもりです。
年末に小声で呟いた“開業”です。 ひえぇ…書くだけでコワイ

50代後半、商売経験無し、現在の仕事との兼業という

「正気か!?目を覚ませ!」な計画ですが
この開業計画は私にとり、長年の夢を実現させる♪というようなステキなものではなく
この年齢で離婚し、就いた仕事も正職員でなく財産も無し…という自分が、この先ひとりで生きていくために
定年のない職場を自らの手で作らねば!という思いからのことなのです。
正直言っちゃうと、成功させる自信なんてありません。(反・引き寄せの法則)

これまでに相談した商工会の方や工務店さんに言われた言葉は
「ご主人が仕事をされていて、奥様が趣味でお店をなさる…というのなら応援します。
もしもこの開業で生計を立てるおつもりなら、僕は止めますけどね(笑)」 とか
「200円や300円のクッキーを売って生活できるんですか?」 とか
「工事代金を回収するだけで何年もかかりますよ」 とか、色々ありました。
中には、途中まで進めていた工事の相談をキャンセルしてきた工務店もありました。

定年前に引退して、早めにノンビリと隠居生活を始める…そんな生き方が増えているという一方
同じ年代の自分は、今からスタートさせようとしている(笑)けど
確かに相当「正気か!?」な話だけど、
先のことなんて誰にもわからないし、ダメだったらその時また考えようと思っています。




IMG_8276.jpg

これは、パイ生地を巻いてからカットしてグラニュー糖をふって焼いたもの。
8年前のお正月にも焼いていました→
クッキーとは違うサクサク感がとても好評です。

さてさて、今年は一体どんな年になるかな~~!
全く想像もつきません。
願わくは一年後、少しでも胸を張って皆さんに何かしらのご報告ができると良いのですが(^.^)

とりあえず明日から仕事だ~~~!
起きられる気が全くしないけど、とにかく寝よう。
眠れるかな…(^_^;)



よろしければクリック応援お願いいたします (^-^)




★インスタ★ 
















クリスマスの決心

IMG_8245.jpg

毎年、作った後に分量の覚え書きと改善点をメモして、
翌年それを見ながら試作して…ということを繰り返しているシュトーレン





























IMG_8243.jpg

何年か前には、ブログを見て下さっている方に試食して頂く企画みたいなこともしましたね。
多分あの時のものとは、生地がずいぶん変化していると思います。


















IMG_8242.jpg

今年はもう1回くらい焼こうかな。
食べるのがクリスマスを過ぎちゃってもいいですよね?




いつも御覧くださりありがとうございます。

まずご報告。

3次検査まで進んでしまった体調問題、無事に放免されました!

最後の結果を聞きに行った時は、待合室で心臓がバクバクして怖くてたまりませんでした。
年齢なりの、「ちょっとここが…」「確かにこれも…」という指摘はありましたが
最初に言われたような深刻な病気はひとまずなくて、もう次の予約もしなくて良いということでした。

病院を出たら気持ちの良い冬晴れで、弾みながら帰りました。

本当にお騒がせしました。m(__)m


…というわけで、、、
…ということは、、、



開業に向けて進める? (^O^)/ 進もう! (^O^)/  進むぞ! (^O^)/ 

何しろSNB(詳しくはこちらに)ですから、どんな道になるかわかりませんが、
とにかく自分の力量で何ができるかを、しっかり考えてみようと思います。

これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

Instagram もボチボチやっております。ハビちゃんも登場していますので覗いてやってくださいね (^.^)